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原動力は「チャレンジし続けること」SKIMO(スキーモ)でもう一度世界を目指す|田中友理恵

バイアスロンで世界を舞台に活躍した田中友理恵(たなか ゆりえ)。一度は引退を決意し、競技の第一線から離れようとしていたときに出会った「スキーモ」。その面白さと奥深さに魅せられ「もう一度あの舞台に立ちたい」と自身を奮わせた。その情熱はどこから来るのか?

スキーモとの出会い、そして転向の決意

「私は幼い頃から大学生まではクロスカントリースキーに打ち込み、その後バイアスロンの選手として冬季五輪に2度出場しました。バイアスロンは11年間やりきったので、本当に心残りがなく引退を決意しました。そのとき、スキーモ(スキーマウンテニアリング)が2026年のミラノ・コルティナ五輪で正式種目になると知りました」



もともとそういう競技があることは知っていた田中だが、オリンピックの正式種目になることが気になって、軽い気持ちでレンタル装備で体験。その1週間後の白馬の大会に出場したところ結果は2位。

「これなら、しっかり練習すれば可能性はあると感じて、スキーモへの転向を決めました。競技引退を発表したわずか1ヶ月後に撤回したので、周囲は驚いていました。けれども母は「やっぱりやると思ってた」と言ってくれて(笑)。事前に相談もしていなかったので私も母から言われて逆にびっくりしました。けれども、その言葉に背中を押された気がしました」


海外遠征と日々のトレーニング


スキーモは登りだけでなく、滑走、トランジット(シールの着脱やスキーの履き替え)、スピードなど、幅広い能力が求められる競技。

「夏は山を走ったり、ロードバイクに乗ったり。世界各地で雪のコンディションが異なるだけでなく、ヨーロッパでは標高2000mを超える場所でのレースもあり、どんな環境にも対応できる力が必要です。

そのために戦える体づくりを年中徹底しています。また、標高が高いところからは山々の景色も素晴らしく、眺めも楽しめるのがスキーモの魅力のひとつです。練習の合間やレース前に見ると癒しになりますね。

「スキーモをすると自然と笑顔になります」



オリンピック種目になったことで世界のレベルは急上昇しました。元アルペン選手も参入し、滑走技術や筋力で差を感じる場面も多いです。ただ、日本勢はトランジットのような技術面で強みがあります。私も苦手なブーツ登行を補うため、それ以外でリードを保てるように、意識したレース展開を行っています」

支えに感謝し、未来へ挑む


「日本ではスキーモの練習環境が限られています。スキー場での登行は禁止している場所が多く、できる場所でもリフト営業前の朝早く限られた時間に練習するしかありません。結果的に、海外を拠点に活動することが多いです。


それでも、所属するアスクゲートやクレブスポーツ、クラウドファンディングなど、多くの方々に支えられて活動を続けられています。夏は所属企業のイベント企画や広報の仕事もしていますが、冬は競技に専念できる環境に感謝しています。


オリンピックはやはり特別な舞台。2大会経験しても、もう一度あの場所に立ちたい。幼い頃に観戦した長野五輪の記憶が、いまも自分の原点になっています。スキーモはまだ日本では知名度が高くありませんが、世界で戦う姿を通じて、もっと魅力を広めていきたいと思っています。

2026年の五輪出場を目指して日々トレーニングを続けています。まだはっきりと決めていませんが、競技を終えた後も地元に恩返しをしながらスキーモに関わり続けたい。次の世代に、自分の経験を伝えていけたら嬉しいですね」



Profile

田中友理恵 Yurie Tanaka

新潟県南魚沼市出身。幼少時からクロスカントリースキーを始め、大学卒業後バイアスロンに転向。冬季五輪2大会出場を果たす。2022年スキーモに転向し、世界を舞台に戦い続ける。1989年1月6日生。最近のマイブームはレコード、ラーメン、クラフトビール。