AND SNOW

PEOPLE

恩は返すと決めたから|若月 隼太

幼い頃から世界を夢見てきた若月隼太(わかつき はやた)。「たどり着いた先に何が見えるか、どんな自分に会えるか」。数々の壁を越え挑戦し続ける若月隼太が、勝利の先に見据えているものとは。

日本の頂点を経て原点に立ち返り、再び世界の頂点へ


苗場の雪山で生まれ育った若月隼太にとって、世界を目指すことは特別なことではなかった。父は全日本選手権の優勝者、家にはオリンピアンが遊びに来るような環境で、自然と世界を意識するようになった。

「トリノ五輪で4位になった皆川賢太郎さんの、『まだ日本人は誰もチャンピオンになったことがない』っていう熱のこもった言葉で、心に火がついた。恵まれた環境のおかげもあって国内でトップのほうに上っていくなかで、このままでも勝てるはずだって、どこかで信じていたんですよね」

しかし、現実は甘くなかった。初出場のワールドカップの結果が振るわず、ナショナルチームから外れた。それは、想像してきた“世界”と、実際に肌で感じる現実世界の違いを痛感させる出来事だった。周囲の人々が離れ、一人になったとき、初めて周りの存在を意識し、感謝と謙虚さを知った。ただ前だけを見て突き進むのではなく、周囲を冷静に見る客観性も得ていった。



そこから若月は、自分の土台を一から作り直していく。日本でのベース作り、スポンサー探し……。鋭い視線は自然と自分自身に向けられるようになった。「自分をどう見せるか」「誰と戦っていくか」。起業家のような視点が芽生え、地元を盛り上げる企業と契約を結ぶようになる。

「経営者さんとは本音で語り合って、アドバイスをもらいます。そして報告の際には、単に競技の結果を伝えるだけではなく、遠征先で得た現地のビジネス情報やトレンドも共有するようにしています。

『勝つためには稼ぐ力も必要』と考えていて、会社の経営とアスリートのセルフマネジメントにはたくさんの共通点があると実感しているんです。だからこそ、ただの“選手とスポンサー”という関係を超えて、互いに学び合うビジネスパートナーのような関係を築いていきたいんです」と語る。



覚悟と炊飯器をもってイタリアへ

イタリアでの所属チームWRA(World Racing Academy)

とにかく環境を変えようと、若月隼太は単身イタリアへと渡った。そこは会話を大切にする文化。選手のほうから聞くまではとくに指示をしないというコーチングスタイルは、選手の主体性を大きく育んだ。

「世界中から集まるチームメイトたちからも多くを学びました。技術やマテリアルは同じでも、試合で結果を出すベテラン選手に、『ここから先は、マインドゲームだ』と気づかされました。

焦る自分に、コーチはいつも“patience”という言葉をかけてくれたんですが、それは日本での“我慢は美徳”という価値観とは違っていました。同じことの繰り返しに耐える我慢じゃなくて、環境を変え、新しいことを学び、質にこたわる。やるべきことをやり切ったうえで、最後に時が来るのを信じて待つ。それこそが本当の忍耐だと、コーチの言葉を通じて知りました」



そしてつかんだ一勝。日本人最高位、ヨーロッパカップ5位という成績。閉ざされていた扉が開かれる瞬間だった。だが試練は続く。ワールドカップ復帰戦で、前十字靭帯断裂と半月板損傷という大けがを負ってしまったのだ。



元気の素

そんなとき、支えになったのは妻の存在だった。

昨年(2024)8月に入籍し、プライベートでも新たな一歩を踏み出した


「妻は、無理をしすぎないよう寄り添って、休むことの大切さを教えてくれました。同じアルペンスキーの経験者で、よき理解者ですが、普段はあえてスキーの話はしないんです。はじめは妻に寂しい思いをさせないようにかけていた電話も、気づけば自分が励まされる時間になっていました。

急に世界選手権への出場が決まったときもチケットを手配して、忙しい仕事の合間を縫って駆けつけてくれました。栄養に気を配った手料理も、自分の支えとなっています」


世界を目指すアスリートの“オン”は、常人にとっての非常事態のようなものかもしれないが、それを“オフ”にできるのは、そんなパートナーの存在と、好きなお風呂や料理といった無心になれる時間だという。

海外遠征にも欠かせない元気の素は、お米、そしてイギリスのバンド・オアシスの音楽だ。地元・苗場開催のフジロックは、若月にとって最高の“遊び”であり、観客と一体になったアーティストたちの姿に、「いつか自分も、世界の舞台でそんな感覚を味わいたい」と胸を躍らせる。

自然と心に浮かぶのは、バンドのデビューアルバムのオープニングトラック「Rock ‘N’ Roll Star」。宣戦布告のような力強い歌詞には、「自分が決めた道をどこまでも行く」という彼の意志が感じられる。



感謝と恩返し


見たいのは、熱狂するオーディエンス。見たくないのは、応援してくれる人たちの悲しむ顔。「応援してくれた人たちに、恩返しがしたい」
──そう語る若月の眼差しには、強さの根底にある優しさがにじむ。

「幼い頃から夢見た世界、憧れた先輩たちのように、今度は自分が子供たちの憧れになりたい。そして、クレブのように地元を盛り上げる企業と手を取り合って、スキー業界にとどまらず、日本全体を元気にする存在になりたい」

悔しさから見返したいと思った時期もあったというが、いま若月が進むのは、感謝と恩返しの道だ。研ぎ澄まされたマインドと、真の忍耐を武器に、若月隼太はこれからも新しい自分を探し続けていく。

Profile

若月 隼太 Hayata Wakatsuki
10代からナショナルチームに選出され、国内外で活動する。2020年には地元苗場でワールドカップ初出場。欧州を拠点にワールドカップを転戦する。
チームクレブ・テクニカルアドバイザー
[Result]
国民体育大会3連覇
ワールドカップ通算15戦出場
ヨーロッパカップ5位(日本人史上最高位)2025 世界選手権出場


※ Xraeb book「And Snow Vol.4」(2025)より抜粋